「豚肉」に「ヘッドロック」? 奇想天外なフリーペーパーの正体は?

週刊?!イザワの目

2015/09/03週刊?!イザワの目

昨年、「カンヌライオンズ」のプレショーとして、ヘルスケア領域の専門アワード「ライオンズヘルス」が新設された。病気はもちろん、衛生管理や健康問題など、幅広いヘルスケア課題に対して生活者に関心をもってもらおうと、今、世界中の関連企業がさまざまな取り組みに意欲的だ。

そんな中、日本のヘルスケア業界では、ある調剤薬局が発行するフリ-ペーパーが注目されている。インパクトのある表紙が目を引く、アイセイ薬局の季刊誌『ヘルス・グラフィックマガジン』だ。今秋、創刊5周年を迎える同誌は、現在、年間約60万人の読者を抱える。同誌の編集長を務めるアイセイ薬局コーポレート・コミュニケーション部部長の岩崎朋幸氏に、話を聞いた。

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「患者目線」をつきつめる

「患者目線じゃない」。それが、5年前に異業種から転職してきた岩崎氏が、薬局業界全体に抱いた最初の感想だった。薬局を運営する際、厚生労働省の定める制度を重視するのは当然だ。しかし、それが行き過ぎて、目の前の患者のことを十分に考えたサービスができていない。これからの薬局がそれでいいのだろうか。岩崎氏は、自社の企業価値を上げるためにも、もっと「患者目線の付加価値を提供しなければならない」と、具体的な取り組みに着手した。

インターネットが普及した今、検索ひとつで、幅広い健康関連情報を入手することができる。しかし中には、根拠のない、決して正しいとは言えない情報も含まれており、その価値判断をできる専門的な知識を持った一般生活者はほとんどいない。だからこそ「調剤薬局が、信頼できる情報をスクリーニングし、患者さんに提供する価値がある」。岩崎氏は「患者目線」のための改革のカギは、薬局発の情報提供にあると考えた。そこで注目したのが、薬局の片隅でほこりをかぶっていた無料の広報誌だった。

絵本みたいに一目で

調剤薬局に来るのは、体調の優れない病人やけが人。来局する患者一人ひとりに、有益な健康情報を伝えたいが、具合が悪い人を相手に回りくどい話はできない。そこで、帰宅後に読んでもらえるチャンスのある広報誌は、患者とのコミュニケーションに最適だと考えたのだ。

とはいっても、今の広報誌のままではダメ。

本人に読む気があってお金を出して購入する雑誌とは違うため、内容が魅力的でなければ、無料の、しかも薬局の広報誌にわざわざ目を通す人はいない。しかも体調不良時にも読みやすく、理解しやすい内容でなければ意味がない。そこで思いついたのが、自社の広報や宣伝のためでなく、「読者のためになる健康情報」を載せたヘルスケアマガジンの制作だ。絵本のように一目でわかる、ビジュアルに重点をおいた『ヘルス・グラフィックマガジン』を誕生させた。

創刊号は豚肉

制作する上で、もっともこだわったのは表紙。手に取ってもらわなければ始まらない。特集の内容をわかりやすく、面白く伝えたい。2010年秋に発行した「体脂肪」特集の創刊号は、豚肉の塊の写真が表紙を飾った。第2号は「花粉症」特集。表紙は今にも水滴が垂れそうな蛇口だ。調剤薬局の制作物としては、かなり大胆なデザインだった。

「こんな奇抜なのは...」「こんなの持ってこられても配れません」。社内や、薬局の現場からの反発は予想以上に大きく、編集長自ら、一店舗一店舗説得し、粘り強く『ヘルス・グラフィックマガジン』の配架と配布をお願いするほかなかった。

継続が生んだ転機

相次ぐ反発に気持ちが途絶えそうになりながらも、岩崎氏は制作方針を貫き続けた。

すると転機は、思いがけないところから起こった。記事を監修してくれた、学会でも著名な先生や専門医たちから、「面白い」「わかりやすい」「うちの病院でも配布したいから欲しい」と好意的な反応があったのだ。自ら、同誌の記事を監修したいと名乗り出る医師も現れた。

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メディアもほうっておかなかった。2013年春号、「鼻炎」と夏号「夏バテ」の表紙が立て続けにネットで話題になったことを皮切りに、渋谷のフリーペーパー専門店に同誌を置いたところ、朝の情報番組「めざましテレビ」で取り上げられた。

テレビで取り上げられると、それまで消極的だった薬局店舗の姿勢も変化した。いつの間にか、店舗が『めざましテレビに紹介されました!』と自主的にポップを作っていた。「継続すれば、どこかで必ずうちのブランドアセットになる」という「根拠のない自信」を支えに活動してきた岩崎氏が、「確信」を得た瞬間だった。

「鼻炎」号と「夏バテ」号の話題化を機に、徐々にファンが増加。話題をここで終わらせないためにも、そろそろまたバズる表紙を作らねばと制作したのが2015年春発行の「頭痛」号だ。

「頭痛」号の表紙を考えるに当たり、社内外のスタッフが総出で約150案を持ち寄った。採用されたのは、頭痛を「ヘッドロック」で表現したアイデア。これまで一度も表紙案を採用されたことのない部員による提案だった。提案当初の案はヘッドロックの手元がアップに描かれており、虐待のように見えてしまうため「不採用」と判断されたが、発想そのものは面白かった。皆で試行錯誤した結果、「誰が見てもメタファーとして受け取る」現行案に収まり、発行に至った。

狙いは大当たり。薬局で「頭痛」号を受け取った患者のツイートをもとに、ネットから雑誌、ついにはテレビにまで派生し、取り上げられた。

夢は自走するメディア

毎号、社内外のスタッフでアイデアを出し合い、読みたいと思う内容を全力で追求することで、今では年間約60万人の読者を抱えるまでに成長した『ヘルス・グラフィックマガジン』。今後の目標を岩崎氏に聞いた。

「他社の薬局チェーンさんからも『うちにも置きたい』って言われるんです。これからはひとつのヘルスケアマガジンとして、自走できるメディアを目指しています。『ヘルス・グラフィックマガジン』を通じて、薬局が『ためになる健康情報を提供してくれるところ』という認知を業界全体が得られるようになるのが夢です」

『ヘルス・グラフィックマガジン』の編集長を務めながら、自社のコーポレート・コミュニケーションの責任者でもある岩崎氏。同誌をどのような広報施策として位置付けているのだろう。

「広報がやるのは、情報接待です。ニュースがなければメディアが喉から手が出るほど欲しくなるような情報素材を自ら作ってしまえばいい。そして重要なのは、メディアに取り上げられたら、きちんと社内の人々に伝えること。私たちがやっていることはきちんと外部評価されていて間違ってないですよ、と伝えてあげる。それを延々と繰り返していくことで、徐々に社員が一つの同じベクトルへと向かっていくと思うんです」

『ヘルス・グラフィックマガジン』は、患者と薬局との関係構築ツールとなったばかりか、社内意識をも変革した。業界全体の意識変革を起こすのも、そう遠くない未来かもしれない。

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■プロフィール

岩崎 朋幸(いわざき ともゆき)

株式会社アイセイ薬局 マーケティング本部 コーポレート・コミュニケーション部 部長

TVCMのディレクター、広告宣伝制作のクリエイティブ・ディレクターを経て、2010年にアイセイ薬局に入社。コミュニケーション領域の事業課題解決が専門分野。現在、マーケティング本部にてコミュニケーション戦略やブランド戦略の立案推進、企業広報と広告宣伝、新規事業立ち上げやアライアンス組成などの統括を務める。

(取材・文:オオモリ/撮影・ゴトウ)

この記事を書いた人

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Editorial department

2011年10月20日創刊。
電通PRの若手社員による、電通本社および電通グループを対象に配信しているメールマガジン。2012年11月に全面リニューアルを果たし、現在は瓦版スタイルで発行中。国内外の旬なPR事例を取り上げて解説する特集や、旬な人のインタビューが人気。2014年3月、満を持してマイクロサイトに登場! オリジナルコンテンツなどもアップしていきます。

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