釜山国際広告祭(AD STARS)の「今」  創設8年目の課題と期待

週刊?!イザワの目

2015/09/04週刊?!イザワの目

韓国・釜山で8月20日から22日にかけて、「釜山国際広告祭(AD STARS)」が開催された。今年は世界67カ国から過去最多の1万7698作品がエントリー。昨年の1万2591作品と比べて40.6%増えた。出品数が増えたのは、AD STARSの受賞実績が、広告専門誌「キャンペーン・ブリーフ・アジア」による、アジアにおける広告会社ランキングの評価基準に反映されることになり、同広告祭の国際的な位置づけが高まったためといわれている。

今年で8回目を迎える2015年のAD STARSで、最優秀賞となるGrand Prix of the Yearに輝いたのは、P&Gの「Like A Girl」(Products & Service Category)とNZ Transport Agencyの「Mistakes」(Public Service Advertising)。コミュニケーション業界の人ならば、一度は目にしたことがある話題のキャンペーンが再評価される形となった。

AD STARSとはどのような広告祭なのだろう。すでに歴史ある広告祭やコミュニケーションアワードが世界に多数ある中で、新進のAD STARSが持つ意味とはなんだろう。それを明らかにすべく、韓国・釜山へ。AD STARSの「今」を取材した。

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AD STARSは大きな"裏カンヌ"

今年、本選審査員として、ダイレクト、メディア、プロモーション、PR部門の審査員を務めた藤井徹さん(株式会社アサツー・ディ・ケイ シニア・クリエイティブディレクター/コピーライター)は、「AD STARSはカンヌライオンズの結果を再定義する場。大きな"裏カンヌ"的存在」と話す。

AD STARSは、世界で選ばれた約190人の予選審査員によるオンライン審査を経て選ばれたファイナリスト作品のみが本選で審査される仕組みだ。予選の多くは、概ねカンヌライオンズの審査期間中に行われるため、予選審査員はカンヌでどんなエントリーが評価されたのか知らずに審査する。よって、先入観なしにファイナリストが選出される。しかし、本審査は、カンヌライオンズ後に行われるため、本選審査員はカンヌの結果を踏まえて、それをどう再定義するかが問われる。「AD STARSは、部門のグランプリだけでなく、全カテゴリーを通しての最優秀賞・Grand Prix of the Yearを選ぶアワードです。カテゴリーレスで一番良かったキャンペーンを選ぼう、というのが基本的なスタンスなので、カンヌの熱を一度冷まし、改めて語る場としていい機会になっている」と、藤井さん。

かつては、カンヌレベルのエントリーは集まらなかったが、審査員の顔ぶれも充実し、「キャンペーン・ブリーフ・アジア」のランキングにも寄与することになり、急激に求心力を増した。「広告祭を生かすも殺すも一人ひとりの考え方次第。学べるものは学ぶ、使えるものは使う、その一つとして、AD STARSも活用すればいい」。藤井さんはそうアドバイスする。

なんといっても、エントリー料がタダ

「AD STARSの一番の特徴は、エントリーが無料でできること」。そう話してくれたのは、津田賀央さん(ソニー株式会社 UX・マーケティング本部ビジネス戦略部)。津田さんはAD STARS予選審査員の一人だ。それも3度目。AD STARSをよく知るベテランだ。

「エントリーがタダなので、正直言って作品のレベルはバラバラ。現地語のみで、英訳字幕がないようなエントリービデオもたくさんある。だから、自分の役割は、ダメなものをふるいにかけて落としていくこと」。津田さんは、予選審査員の役割をそう認識している。

予選は、一人の審査員が何百ものエントリーの審査を担当する。オンライン上にアップされたエントリービデオなどを見て1から9点で評価するシステムで、複数の予選審査員によるオンライン審査の合計点が本選出場を左右する。だから、津田さんは、あいまいな中間点をつけるのはやめ、評価するエントリーは7点以上、そうでないものは4点以下で採点したという。

自分の基準で審査

採点する上でのポイントはどこにあったのだろう。

津田さんが担当したのはダイレクト部門。審査時に強く意識したのは、「その取り組みはクライアントの何に効いたのか、そのリザルトは本当にクライアントが望んでいることなのか」だという。エントリービデオをよく見せるために、限定的でスタント的な取り組みを「プロトタイプ」としてエントリーしてくるケースもままあるので、その結果が本当に「意味のあるものなのか、広がる道筋が見えるか」を重視したと話す。

一方で、津田さん同様、今年、ダイレクト部門の予選審査員を務めた梅田亮さん(株式会社ワン・トゥー・テン・ドライブ 代表取締役)は、「一人ひとりに働きかけ、個人の行動変化を喚起するダイレクトらしいエントリー」を高く評価したという。「今は、デジタルテクノロジーが発展したので、企業が直接個人にアプローチできるようになった。ソーシャル時代らしい技術を生かしつつ、"あなただけ"の視点を持っているか、個人のインサイトをついているかを重視した」と話してくれた。

津田さん、梅田さんの二人によると、AD STARSの事務局からは「自分や身内が関わっているエントリーはスキップする」というルール以外、審査基準が「示されない」。コミュニケーション領域において実績のある人物を審査員に選出しているため、審査員一人ひとりの「自分」の判断基準が尊重され、信頼されているのだろう。同カテゴリーの予選審査員とはいえ、少しずつ視点が異なるのが面白い。

AD STARSは「合理的」

エントリーは、大勢の予選審査員のオンライン審査を経て、合計得点が高かった順にランク付けされ、上位の何パーセントかが本選に進出する。このファイナリスト作品を審査し、最終的なグランプリやゴールド、シルバー、ブロンズ、クリスタルの各賞を決めるのが、本選審査員たちの仕事だ。本選審査員と予選審査員は別々に選ばれる。

前出の、今年の本選審査員・藤井さんによると、PR部門は548点のエントリーのうち、予選審査で96のファイナリストに絞られた。その後、本選審査員がオンラインで2次審査を行い、40作品程度が現地審査にかけられたという。

過去にカンヌライオンズの審査員も務めたことがある藤井さんは、大勢の審査員によるオンライン審査結果を「統計的な総意」として重視するAD STARSを「合理的な広告祭」だと評す。

最初から最後まで絞られた人数の同じ審査員で評価するカンヌライオンズは、審査結果が、審査員一人の価値観に大きく左右される。しかも審査員が担当するのは、一人一部門の審査のみなので、その分野の第一人者が審査員に就任することが多い。例えば、今年のカンヌライオンズのPR部門の審査員は、広告専業のエージェンシーは皆無で、ほぼPRエージェンシーで占められていた。グランプリを決める際、これはPR業界の未来を指し示しているか、といったPRの根源的な意味などが議論されることも多いと聞く。

一方AD STARSは、1グループ6~7人に分けられた本選審査員が、1つのグループで複数部門の審査をする時点で、その分野の専門性は強くは問われない。PR部門を例にとると、そのキャンペーンがPR施策として優れていたかというよりも、PRという観点で集まってきた作品を、コミュニケーション施策として成功したか、という視点で総合的に評価しているというわけだ。しかも、予選と本選で異なる審査員が評価し、あまたの人の目を経て審査されるので、ある意味で「民主主義的」。藤井さんによると、本選では、オンライン審査の得点で暫定的についたランクが妥当か、という議論に多くの時間が割かれたという。

「PR部門の本審査でもPRのクライテリア(審査基準)はなんなのか、といったことは議論されませんでした。クライテリアは改めてみんなで確認するものでなく、それぞれがすでに持っているもの。審査員を依頼する時点で、その人の感性を信じているのだと思う」と藤井さん。「いいものは無言で人を口説き落とすはず。それがクリエイティビティの価値だと思います。理屈ではなく、『わっ』と感性で人を惹きつけるもの。コミュニケーション業界は、"魔法使い"の世界。PRこそ『わっ』の要素が必要だと思う」

AD STARSの最終日、8月22日。PR部門のグランプリはP&Gの「Like A Girl」が選出され、同キャンペーンは今年の最優秀賞、Grand Prix of the Yearにも選ばれた。

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AD STARS提供

身近な国際広告祭

話題のキャンペーンは、実施された国やエリアを問わず、瞬時に世界中でシェアされるようになった今、広告祭が開催されている現地に行く意味は「セミナーにある」と話すのは、長年、さまざまな海外アワードをウォッチする佐藤達郎さん(多摩美術大学教授 広告論/マーケティング論/メディア論)だ。受賞作が何か、ということよりも、今、コミュニケーション業界で何が注目され、何か議論されているか、ということを肌で感じ、所属企業を超えて、業界のさまざまな人とネットワーキングできることこそが、現地に行く醍醐味。そういう意味で、AD STARSはまだまだ「過渡期」だと佐藤さんは言う。「カンヌでは見切れないほどセミナーが充実する一方で、AD STARSは一昨年、昨年に比べてセミナーが手薄になった。また、英語、日本語、中国語で同時通訳が入るとはいえ、セミナーの挨拶の大半は韓国語で行われ、韓国ローカル感は否めない」

今年のAD STARSが、全体的に小規模になったという印象を抱いたのは佐藤さんだけではない。前出の津田さん、梅田さんはじめ、複数回、AD STARSに参加している人は口をそろえ、そう指摘する。それでも、「お金をためて10年先にカンヌに行くより、今、釜山に行ってみよう」と、佐藤さんは呼びかける。本選以外に、学生を対象にしたYOUNG STARS、3年次以下または満30歳以下の現役クリエーターを対象にしたNEW STARSなどを併催するAD STRASは、特に日本の若者にとって「参加ハードルの低い、国際広告祭」だと言う。日本に国際広告祭がない今、国際広告祭を肌で感じる身近な機会として、参加してみるのも手だ。

AD STARSのゆくえ

今年、日本のコミュニケーション業界でも、にわかに注目が高まったAD STARS。初参加してみて、今後の期待と懸念が入り混じっている。これからの広告祭としては、セミナーの充実がより望まれるし、韓国語で、式やセミナーの挨拶がなされるようでは、内輪感は否めない。授賞式では、受賞作のビデオが流れないという映像トラブルも頻発し、イベントとしての課題も残った。正直、多少の"肩すかし感"はある。

しかしそれでも、刺激は十分にあった。小さな広告祭だからこそ、審査員や世界で活躍するクリエーターと会話できるチャンスは大きい。特に若者にとっては、視点を広げるいい機会になるだろう。アジア発の国際広告祭として、今後の発展に期待したい。

【コラム①】AD STARS攻略法

エントリーが無料でできるAD STARSは、気軽にエントリーできる国際広告祭として、これからも注目株であることは間違いない。ただし、なんでもエントリーすれば通るかといえばそうではない。

津田さんは「無料だからといって気を抜かないように」と警笛を鳴らす。「アジア発の広告祭といっても、予選審査員は世界中から選ばれているので、エントリービデオに英訳は必ず必要。自国の人以外が見てもわかるような流れで作らないとダメ。リザルトの記入欄もあるのできちんと説明してほしい」という。まずは、予選で「切られないように」丁寧に準備をすることが大切だ。

梅田さんも「2分のエントリービデオがすべて。オンライン映えすることも大切」と、ビデオの重要性を強調する。また、エントリーする部門のどのカテゴリーに出品するか、ということもよく考えるべきとアドバイスしてくれた。「やろうと思えば全部門にエントリーできるが、作品が、その部門、そのカテゴリーに本当に合っているのかということは、審査の上で重視される」。無料だからといって、なんでもエントリーすればいいわけではないのだ。「その仕事にアイデアはあるか、成果を生んだのか、その見極めが大切」。梅田さんはそう話す。今年、エントリーに初挑戦したものの、残念な結果に終わった私には、両審査員の言葉が身に染みた。

【コラム②】NEW STARSで日本勢、ブロンズ受賞

AD STARSで併催される、3年次以下または満30歳以下の現役クリエーターを対象にしたコンペティション「NEW STARS」で、2組の日本チームがブロンズに輝いた。シルバーは該当なし。ゴールドを受賞した韓国チームに次ぐ成績だ。受賞した2組のうち1組は、電通の若手。コピーライター/クリエーティブ・テクノロジストの大瀧篤さんと、アートディレクターの下村雄飛さんペアだ。

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ガッツポーズの大瀧篤さん(左)、下村雄飛さん(右)

カンヌライオンズのヤングカンヌ同様、コンペティションの課題は現地で発表される。それを30時間以内(ヤングカンヌは24時間以内)に企画にまとめ、2分程度の映像または1枚のボードに仕立てて提出する。プレゼンテーションの機会は与えられないため、一見して企画の骨子が伝わる提出物を作ることが重要になる。また、ヤングカンヌと異なり、NEW STARSはカテゴリー分けされていないので、課題の解決手段はインテグレートな施策のほうが好まれる傾向にあるという。

「釜山の外国人観光客を増やす」という今年の課題に対し、大瀧さん・下村さんペアが提案したキャンペーンは「Why are you in Seoul ?(なぜ、ソウルにいるの?)」。他のチームが国外から釜山に観光客を連れてくる案を提案したのに対し、外国人観光客であふれるソウルから人を呼び込むことをアイデアの核とし、ボードで提出した。

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審査員からの評価は「Clever」。アイデアそのものが高く評価された。一方で、具体的な施策の展開や細かいステップを省いた点は指摘を受けた。

ゴールドを受賞した韓国チームは、ムービーを提出していた。コアアイデアで負けた感覚はなかったが、細かいプランが詰まっていた。「課題の提出直後は、もっとやれたんじゃないかと悔しい思いもあった」と大瀧さん。しかし、ふたを開けてみれば思っていた以上に評価されていて、救われた気持ちになったという。

大瀧さん・下村さんペアは、会社推薦枠ではなく、自主的に事務局に応募して予選を勝ち抜いた自費渡航組。個人的に支援してくれる上司や先輩から一部カンパをもらいながら参加していた。「みんなの前で『勝ってきます』と宣言していたので、なんとか(受賞という)お土産を持って帰りたかった」(大瀧さん)、「宣言したことで、自分にとっていい刺激になった」(下村さん)と、宣言通りブロンズを受賞した二人はほっとした表情を見せていた。

今回の受賞は素直にうれしいけれど、ひとつの通過点だと話す二人。「枠を超えて、広い視野で仕事に取り組みたい」(下村さん)。「自分独自のポジションを築き、存在感を出していきたい」(大瀧さん)。若者たちの目は輝き、希望に満ちていた。

(文・写真:イザワ)

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